アウト ガレリア “ルーチェ”

イベント期間中、午前12〜午後6時 休館日 月、火曜 (祝祭日除く)

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特別協力
協  力
アウト ガレリア “ルーチェ”
ポルシェ・356クラブ・オブ・ジャパン
レーシングオン / 月刊 カー・グラフィック / 
月刊 オートカー・ジャパン / 月刊 カー・マガジン /
 FET /  国際貿易 / 高原書店 /ゼロクラフト/スピードショップFII

ガレリア・アミカ
監修
The Glory of Porsche
―日本グランプリのマイルストーン、ポルシェが日本に残した栄光の軌跡―
会期 2013年2月23日(土曜日)~2013年5月6日(月曜日)
 シュツットガルトを拠点にスポーツカーを作り続けるポルシェの歴史は、1948年にデビューしたタイプ356と共に新しい幕が開いた、と言えるだろう。それまでのポルシェは自動車の黎明期から、様々な自動車会社に籍をおいたり、また契約を結んだりして、ダイムラー・ベンツやアウトウニオンなど他社のために様々な自動車を開発してきたからだ。しかし、今度は自社によって、初めて自らの名前を冠した自動車の生産を始めた。ポルシェは、独自の思考と研究に基づく様々な技術を開発して、世界中のモータースポーツへ挑戦し、更にそのレースで得られた経験を生産車にフィードバックした。その繰り返しを60年以上行なってきた。その結果、現在のポルシェは、スポーツカー専門メーカーから、世界で最も成功を収めた自動車メーカーの一つへの達成を成し遂げたる。その成功の歴史の根底にあるものこそ、1931年にシュツットガルトに自身の設計事務所を開設し、生涯を賭けて今日のポルシェの基礎を築き上げたフェルディナンド・ポルシェ博士と、その思想と理念を引き継ぎ、さらに成長させた息子フェリーとが彼等自身の家名を冠した自動車に注ぎ込んだ熱き血潮であるのだろう。
日本には1953年、ポルシェ356カブリオレが最初に輸入された。当時の定価は350万円。大学初任給が8000円台だった時代である。しかも、翌年には外貨事業の悪化、国産車工業育成の政府方針決定により、一般人による外国車輸入禁止を迎え、1961年まで外国人による外貨のみの輸入だったのだから、憧れることさえ虚しいほどの高嶺の花だった。1963年に日本初の国際格式規格の鈴鹿サーキットで開催された第一回日本グランプリは、日本におけるポルシェの神話の始まりだった。日本では初めての本格的自動車レースとあって、国際スポーツカーのカテゴリーにはヨーロッパからはポルシェを始め、ロータス、フェラーリ、アストン・マーチンといったクルマが招聘された。その時にはポルシェのレース監督フシュケ・フォン・ハンシュタイン自身がポルシェ356Bカレラを操り、排気量とエンジン出力で勝るフェラーリ250GTSWBやアストン・マーチンDB4GTZと抜きつ抜かれつつのバトルを演じ、それは自動車レースを生まれて初めて見た日本の観客に強い印象を残した。それ以来、毎年の日本グランプリにポルシェは登場し、黎明期の日本のモータースポーツシーンに大きな影響を及ぼした。
第二回のグランプリでは式場壮吉の904GTSがプリンス・スカイラインGTと名シーンを生み出し、第三回のグランプリでは滝進太朗の906(カレラ6)が、国産初のプロトタイプ・マシーン、プリンスR380と拮抗したバトルを展開し、第四回グランプリではヨーロッパのレース活動から戻ってきた生沢徹の906(カレラ6)がニッサンR380を制し、第五回グランプリでは世間の人々がT-N-T対決(T=トヨタ、N=ニッサン、T=タキ・レーシング)と騒いだバトルで、ニッサン、トヨタの2大ワークスに対して、910(カレラ10)をもって、排気量と出力で勝るV8/3リッターのトヨタ7を降しシボレーのV8/5リッターエンジンを搭載したニッサンR381に次ぐ2位に喰いこんだ。後年に語り継がれる「伝説」となった名レースと呼ばれる日本グランプリのレース・シーンには常にポルシェがいたし、ライバルであり、憧れであるポルシェに勝てる車を作りたい、そんなエンジニア達の熱き想いが今日の日本のモータースポーツの発展に貢献し、自動車技術の底上げをしたと言っても過言ではないだろう。
今回、アウト ガレリア“ルーチェ”で開催する「The Glory of Porsche - 永遠のライバル、栄光のレンシュ・ポルト―」では、スポーツカーとしての確たる地位と、不動の人気を得た日本におけるポルシェの根幹に迫ります。最初のポルシェである356を筆頭に、日本の自動車史、およびモータースポーツ史の発展において大いなる貢献を果たしたポルシェのレンシュ・ポルト、904、906(カレラ6)など、我々日本人に最初に大きな衝撃を与え、憧れだった時代のポルシェを展示します。ポルシェという名前の車を生み出す前から自動車の歴史上に大きな足跡を残した創始者フェルディナンド・ポルシェと、その意思を受け継いだフェリー。この偉大なポルシェ親子の偉大な軌跡の一片を稀なるクルマ達と共にご覧下さい。
(画像提供 レーシングオン)

356A      

356    スピードスター

904    カレラGTS

906    カレラ6


展示車両